多摩大学目黒トップ > 留学生からの便り

留学生からの便り


2017年4月18日

2017年ニュージーランド留学報告
高校の3学期を利用しての留学 2017.1/28〜4/3

Y.N

 わたしは今回ニュージーランドのマタマタというところに2ヶ月間留学をしました。マタマタは都会から少し離れた自然豊かなところでした。そして私はこの2ヶ月間優しい現地の方々とふれあいとても充実した留学生活をおくることができました。

 わたしを受け入れてくれたホストファミリーは独り暮らしの女性だったのでちゃんとコミュニケーションがとれるかとても不安でした。しかしホストマザーはとても優しく、私が会話をしていてわからなかったところはゆっくりとわかりやすく説明してくれ、会話がとぎれてしまってもまた新しい話題をしてくれて会話を続けさせてくれました。また休日は、とても沢山の場所につれていってくれました。なかでもタウポというところが綺麗な湖があり、とても印象に残っています。私はそこで友達と泳いだりもしました。その他にも牧場やハミルトンというすこしおおきな町にもいきました。

 学校では、様々なことが日本の学校と違い驚きました。授業も日本にはないようなものが沢山あり、私がそのなかでも1番楽しかったのはホスピタリティーの授業です。この授業では料理をしたり、食べ物について学ぶ授業でした。初めは先生の言っていることがわからずクラスのみんながやっていることを見よう見まねでやっていましたが、勇気をだして近くにいる子に話しかけたらなにをやればいいのか優しく教えてくれました。それをきっかけに現地の子たちとも仲良くなれました。

 私はこの留学で日本では出来ない経験をたくさんしました。そして同時にもっと私には英語の勉強が必要だなとも感じました。私はこの2ヶ月間の間に関わったすべての人にまたいつか「ありがとう」といいたいです。だからこれからこれまで以上に勉強をして、またニュージーランドにもどりたいとおもいます。

S.O

 私のNZ留学は不安いっぱいで始まりました。日本とNZは違うことばかりでした。食生活やステップファザー、マザーが珍しくないこと、男女で当たり前のようにハグをすること、お皿の洗い方さえも日本と全く違い、かなりのカルチャーショックを受けました。

 学校も日本の学校と違い、先生が教室に来るのではなく、自分が受けたい授業を選び、その授業の教室に、毎時間移動するシステムにも最初はなれませんでした。

 友達作りにも最初は苦労しました。いざ授業で「この席に座ってもいい?」と自分から話しかけてみるも話が続かず無言になってしまうことばかりでした。しかし、日が経つにつれ自分が言いたいことが少しずつ英語で表現できるようになり学校の子達とも会話が続くようになりました。「KFCって何か知ってる?」と聞かれ、ケンタッキーのことを言っていると思わず「知らない」と答えた次の日にケンタッキーのチキンを買ってきてくれ一緒に食べたのはいい思い出です。

 週末にはオートバイに乗せてもらい、猛スピードでべつの町に連れって行ってもらったり、ホストマザーの息子さんの牧場に行って新鮮な牛乳の味に感動したり、NZの国鳥kiwiを見るためにテーマパークに行ったはずがkiwiはほとんど見られず、そのかわりジェットコースターに無理やり乗らされ、半泣きになったりと日本ではなかなか作れない思い出を作ることができました。

 70日という短い期間でしたが、この経験を通じて新しい自分に触れられた気がします。

K.N

 私は1月28日の夕方日本からニュージーランドに旅立った。
最初は自分はニュージーランドに行ったら死ぬんじゃないかなんて考えていたけれどそんなことはなく楽しく終えることができた。
私はもともと行く予定のホストファミリーの家に事情があり、最初の一週間は他のホストファミリーの家にステイした。
ニュージーランドに着くとまず智子さんがいた。ここでマタマタ組とモリンズビル組で別れてバスに乗った。
モリンズビルに着くとホストファミリーが待っていた。優しそうなホストで安心した。
ニュージーランドで最初に驚いたことは空の広さと綺麗さだ。
とにかく空が広くて綺麗だった。そして私が行った季節は夏だったので日が落ちるのがとても遅かった。9時になるまでは明るかった。
学校は二月から始まった。最初に学校に行くときは少し緊張したが、まず日本人で集まってオリエンテーションをしたので緊張は薄れた。
モリンズビル高校での最初の授業は数学だった。席に座るとみんな「hi」と話しかけてくれた。優しい人ばかりで安心した。他の教科もみんな優しい人ばかりだった。
一週間経つと私はもともと行く予定だったホストファミリーの家に変わった。
そこの家にはお母さんはいなかったが、私の一つ下と二つ下の女の子2人とお父さんの三人家族だった。とても優しく、暖かい家族だった。
私が滞在している間に学校でsports dayがあった。体育祭のようなものだが自分のホームクラスのカラーに分かれて自分のカラーを応援する行事だった。
私は青だった。日本人はほとんど黄色のチームだったが、なぜか私だけ青だった。
でも幸いにも私のホストシスターが2人とも青だったため一緒に過ごすことができた。
学校では色々と驚くことがあった。
学校ではschool wifiがつながっていることだとか、授業中に音楽聴いていたり(ちなみに私は聴いていない)日本ではあり得ないことがあった。色々なことがfreeすぎてびっくりした。
ニュージーランドに来る前に不安だったのは自分の英語が通じるのかということと食事だったが、意外と英語は通じたし、家での食事も私の好きな食べ物しか出てこなかった。
家にお母さんはいなかったが2人のホストシスター、そしてお父さんは料理がとってもうまかった。
私は料理が得意ではないので、洗濯物を干したり畳んだりすることが毎日の日課だった。
私のホストシスターとは学校に一緒に行ったり、カメラで遊んだり、いろんなことをした。
2人ともとても優しくて本当の姉妹ができたような気持ちになれて嬉しかった。
私のホストはアクティブな家族で毎週いろんなところに出かけたりした。
釣りに行ったり、山登りをしたり、ビーチに行ったり湖に行ったり、ラグビーを見に行ったり、買い物しに行ったり、楽しかった。たくさんの思い出ができた。
私の誕生日にはまず学校があり、学校では友達にチョコレートをもらったりしてとても嬉しかった。数学の先生は私の名前を呼ぶときに「Kanon, happy birthday」と言われた時は嬉しかった。それを聞いた数学の友達はみんなおめでとうって言ってくれて、幸せだった。
学校の後は同じように留学しに来ている韓国人の友達と私のホストと一緒にカヤックをした。人生で初めてのカヤックでできるかどうか心配だったがちゃんと溺れず漕ぐことができた。一通り漕いだ後に一度降りて、暗くなるのを待った。私はカヤックをするとしか聞いていなかったのでなんで帰らないのだろうと思ったら暗くなって来てまた来た道をカヤックで戻ると言われた。とても暗くて漕ぐのは少し怖いくらいだったが、ホストシスターがずっと私の側にいてくれて、「大丈夫?私はここにいるよ」となんども行ってくれたから心強かった。漕いでいる途中に「ニュージーランドでやり残したことはない?」と聞かれた。私は毎日が楽しくて自分がやりたいことは全部やったと思っていた。
すると「Look!」と言われて指差す方を見ると、暗闇の中にたくさんの青い光があった。
とても綺麗だった。ホストシスターは「蛍だよ!見たいって紙に書いたでしょ?」と言った。私はそこでやっと理解した。私はニュージーランドに来る前のホストファミリーに送る自分の紹介の紙にしっかりとニュージーランドに言ったらワイトモグローワーム洞窟に行きたいと書いていた。でも実際ニュージーランドに行くと毎日が楽しすぎて書いたことを忘れていた。
でもその紙をちゃんと見てワイトモグローワームではないけど同じようなところに連れ行ってくれたホストファミリーにとても感動した。
最高の誕生日を過ごすことができた。
最初は不安ばかりの留学だったが行って本当に良かったと思う。
私は留学自体には最初行きたくなくて、親に言われて行ったようなものだったが、絶対に行った方がいいと思う。
ニュージーランドに行く前は外国人に話しかけられるとオドオドしてしまったりしたが今ならオドオドせずに話せると思う。
買い物も、最初はお金が聞き取れなかったり最初の挨拶が苦手だったりしたが、帰る頃には普通に1人でも買い物に行けるようになってとても嬉しかった。
毎日が楽しいことばかりだったから帰るいのが嫌だった。
日本に帰る日にはホストファミリーみんな朝3時半に起きてくれて、見送ってくれた。
Good morningっていうのも今日が最後なんだて思うと寂しかった。
これから会えなくなると思うともっと寂しかった。
ホストや友達とはLineやFacebookなどでつながっているからこれからも連絡を取ろうと思う。
ニュージーランドへ行ってたくさんの思い出、経験ができてよかった。
充実した生活を送ることができた。
私はもっと英語ができるようになりたいと思った。
私はまた絶対にニュージーランドへ行きたい。
今度行くときにはもっと勉強してペラペラになってから行きたいと思う。

T.M

 ニュージーランドへ行くのは今回の留学が初めてで、事前の情報もほぼないまま不安の中到着しました。空港から私たちのホームステイ先と通う学校のあるマタマタまで2時間弱あり、フライトで疲れていた私たちは車の中ではとても静かで、初めてホストファミリーと出会った時も少し緊張している様子でした。ホストファミリーはとても優しく、休日は何度もいろいろなところに連れて行ってくれたり、その日学校であった出来事について私が拙い英語で話すと、その中から話を広げてくれました。また、学校では、日本人に興味のある人が話しかけてくれたり、休み時間に一緒にご飯を食べてくれたり、授業の内容がわからず困っていたら簡単なわかりやすい英語で説明してくれたりと親切にしてくれました。街の様子や学校の授業は日本とは大きく違い、戸惑いながらも楽しく生活することができました。語学の面では、現地のスラングや意味合いの違いを身を持って学び成長することができたのではないかと思っています。もしもまた留学をするチャンスがあれば、今回得た経験と気づいた直すべき改善点を活かし、更に自分のためとなるようなものにしようと思います。

 留学に来て一番驚いたことは、授業の形式の違いです。わたしは生物と音楽と数学と体育、それとfood&nutritionの授業を取っていたのですが、当たり前なのですが全て英語によるものだったので理解をするのに時間がかかり、生物と数学は日本でも苦手だったためとてもつらかったです。しかしこっちでそういった授業を取らないかぎり知り得ない単語や出される問題の解き方を知ることができたため経験となりました。またわたしは学校でトランペットのレッスンを取っていたのですが、そこで学べる音楽の知識もあり、わたしの留学において大きいものとなりました。学びながら楽しむこともでき、食生活や値段の違いを知り文化の違いを学ぶことができたため、今回の留学はわたしに取って忘れられない大きな経験となりました!また機会があればもう少し長く期間をとって、己の糧となる学習をしたいと思います。

R.M

 2ヶ月目ニュージーランドで生活をし、現地の英語にたくさん触れたり、日本との文化の違いなどを学ぶ事ができた。

 ニュージーランドに着いて、直ぐに二人の友人に会った。その二人とも英語の勉強する為に来たと言い、私も負けられないと思った。その後、バスでホストファミリーの家に行った。バスの中から見た景色は、すごく森林がたくさんあり、羊や牛などがそこら中にいた。ホストファミリーは最初はすごく優しく接してくれて、コミュニケーションをよくとっていた。しかし、1ヶ月が経つと態度が豹変し、まともにコミュニケーションさえとらなくなった。そして、私は部屋にこもる生活を送るようになっていった。特に私が一番嫌な時間は、夕飯だった。そんなに美味しくもなく、量も少ない為、毎晩自分がスーパーで買った食料を食べていた。

 2ヶ月目で私は耐え切れなかったので、ホストファミリーを変えたいと自分の意思でシェリー(現地の先生)に頼んだ。そしたら、直ぐにホストチェンジすることが決まった。このことから私が学んだ事は、自分の意思をはっきり言わなくては、相手には何も伝わらないという事だ。今私はホストファミリーを変えて良かったと思っている。今日学校で何があったのかを話しをしたり、休日にはショッピングに一緒に行ったりしている。

 また、学校ではたくさんの友達ができた。最初はみんな話すスピードが速くて、内容を理解するだけで精一杯だったが、徐々に耳が慣れていき、友達と楽しく会話する事が出来るようになった。

 ニュージーランドの学校と日本の学校では、異なっている点がとても多いと思った。例えば、教科ごとに教室を移動したり、午前中には、morning tea という25分間お菓子を食べたり、友達と話したりする為の休み時間があったりする。日本もその制度を入れたら、早く弁当を食べる人もいなくなるのではと思った。また現地の生徒はより積極的に授業に参加している。日本の講義式のような授業とは異なり、与えられたテーマに対してみんなが話し合いをし、自分の考えを言っていくような形式だからだ。そのため、私は瞬時に判断する力が培われたと思う。

この刺激的な2ヶ月は、私にとって心身共に成長することができた。私は年間留学なので、後の時間を一瞬一瞬大切に過ごしていきたい。

A.Y

 ニュージーランドの魅力をどれか一つ挙げるならば、それは女性がとてもたくましいことです。ゴキブリにうろたえる男の子をよそに素早く捕まえて外に逃がす子に、裸足で生活している子や車で通学してくる子もいます。体育の時間も男の子と同等、またはそれ以上に積極的に参加し、誰もが人前で物怖じせずに自分の意見を言う。日本ではあまり見ることのできない光景ですが、ニュージーランドではごく普通の出来事です。基本的に男女混合での活動がほとんどで、性別に関係なく自分の好きなことや得意なことを伸ばすことのできる環境が整っているように感じます。日本で今課題とされている女性の社会進出や男女平等がすでに浸透していて、実際に私のホストファザーの上司も女性です。

 また、これも同じく日本の課題となっている高齢化社会問題。近年ニュージーランドの平均寿命も上昇して、2015年の時点で81.6歳と世界でみても、とても高い平均寿命を記録しています。日本と比較すると多少低いですが、日本以上に高齢者の方が活躍しているように見えます。私のホストファミリーは70歳を超えていますが、元気に働いています。ホストマザーに関しては介護の仕事に加えてキャッテリーの仕事やホストファザーの仕事も手伝っています。ホストファザーも毎日朝から夕方まで働いています。これは私のホストファミリーに限った話ではなく、還暦を迎えてもなお働いている方はたくさんいます。それは、農業や建築など長年の経験が必要な仕事であったり、レジなどの年齢に関係なくすることのできる仕事であったり様々です。日本も性別や年齢に関係なく誰もが活躍できる社会になるといいものです。

 ニュージーランドで生活していると度々目にする日本の製品。学校や町中のみならず、ホストファミリーが使っている家電製品の多くも日本製です。日本製品は海外でも根強い人気を誇っているようです。また、日本製品は良質かつ安価で手に入れることができます。ニュージーランドはとにかく物価が高く、日本では100円で買えるような付箋もニュージーランドでは1000円近くします。100円均一の偉大さを身をもって感じています。質という面では、ニュージーランドで購入したサンダルが1日目で壊れてしまったり、「3年間使うことができます!」と書かれた乾電池を買ったところ3週間で寿命が来たのには驚きました。日本にいるときは気が付くことができなかった日本の製品の素晴らしさを知ることができましたし、少しばかり日本が恋しくなりました。

 二か月間ニュージーランドで生活してニュージーランドの良い面も日本の良い面も知ることができました。これからさらにいろいろな経験をして、多くの人とかかわって、英語力も人としても成長できるよう努力していきます。

T.Y

 留学をした理由は外国に行ってみたい気持ちと英語を上達させたいという思いからです。外国に行くのは初めての経験だったので期待感もあったのですが、英語はそこまで得意ではないのでかなり不安でした。また、飛行機の中で感動映画を見たせいか、感傷的な気分になってしまって、まだ1日も離れていないのに家族に会いたくなってしまいました。さらに、ホストファミリーや友達、学校の事など様々な心配事があったためニュージーランドに来たばかりの時はすでに日本に帰りたい気持ちでいっぱいでした。NZに着いたのは1月29日だったのですが、私のホストファミリーは外出中で次の日にならないと家に帰ってこれない様だったので、1日だけ別の家に泊めてもらいました。その家は夫婦の二人家族で、会った時から優しく笑顔で接してくれました。私のために部屋に小型テレビを設置してくれたり、昼食や夕食を私の食べたいものは何かを聞いて作ってくれました。話す時もゆっくり喋ってくれるし、たくさん質問もしてくれて、とても居心地の良い家庭でした。

 そのため、1日だけでなく、1年間この家にお世話になりたいとまで感じました。

 結局次の日には、1年間お世話になる家に移動しました。その家は夫婦と息子3人の五人家族と事前に聞いていたのですが、2歳下と2歳上の2人だけで私と同い年のホストブラザーはいませんでした。しばらくしてからそのブラザーが家に帰ってきたため会ったのですが、障害を持っているようだったので、恐らく支援学校の様なところに預けられているのではないでしょうか。最近では、1週間に1度くらい帰ってきています。4週間位は部屋が空いていないため、下のブラザーと一緒の部屋で寝ていました。その時は、多少居心地の悪さはありましたが、まぁしょうがないかな、と思いました。上のブラザーが大学寮に移ってからはブラザーの部屋を使用できるようになり、気分的に落ち着きました。この家に来てからはお土産を渡し、ルールや仕事、洗濯の頻度など、必要な事を聞きました。

 しかし、ルールは家の中で靴を脱ぐこと、仕事は特に無かったため、ほとんど自由な生活を送ることが出来ています。この家には大きな庭があって、ブドウやリンゴ、オレンジ、見た事のない果物が育てられていました。またサッカーゴールがあり、よくブラザーが使っています。私はバスケットボールが得意なので、バスケットゴールがあれば良かったのに、少し残念です。家の中にはビリヤードがあって最近やらせてもらい、かなり楽しかったです。学校は歩いて七分で着くのでとても近いです。初日はどこにいってどうすれば良いのか分からなかったので、とても緊張していました。数日は留学生だけのクラスでTomokoさんに説明を受けて、テストをしてという感じでした。その中で選択授業を決めたので、自分はメタルとアートにしました。日本人が10人位いて、かなり多かったので驚きました。その中の1人の女子がとても積極的でもう外国人の友達がいる様子だったので、こんな日本人がいることに衝撃を受けました。何日か日本人だけのクラスにいて安心していたので、次の日から普通に授業に参加し始めたときは不安で不安でしょうがなかったです。タイムテーブルに従って毎回教室を移動して授業を受けます。授業は大体50分位で、2時間終わるとモーニングタイムがあり、軽くなにかたべて、また2時間受けてお昼、1時間受けて学校が終わりという具合です。全部で五時間で内容も地理を除けばどれも簡単なもので日本と比べるととても楽です。家に帰るのも早いので、意外ですが自由な時間があります。ここに来てから2ヶ月経ちますがあっという間だったと感じています。残りは大体八ヶ月ですが、ここでしか出来ない事、やりたい事、するべきことをしっかりとして、良い経験に出来るよう頑張りたいです。


2017年2月8日

New Zealand exchange students farewell party

Angela and Carrie attended our school in January and we had a farewell party on January 30th.
We had some games and speeches.
We are so lucky to have them and they are such an inspiration to the students here.
Thanks to the class 2-1, 2-6, 1-9 and students body.




2017年2月8日

カナダから留学生が帰国しました

My experience in Canada
N.J

I had a hard time to get used to fit in life in Canada as it was for the first time in ever in my life. When I just arrived at Nelson, I was extremely excited with everything such as meeting to my amazing host family and the Canadian wildness of mountains, snow and Kooteney Lake. However, the hopeful time did not last that long. I became homesick in a few days because I realized staying here for five months seemed incredibly long with my poor English. I could not even talk to my host family at the beginning.

Therefore, I was really nervous with the school as I did not think I could survive in complete English spoken environment. As I expected, at the first day of school I was desperate with how horrible my English was; international students from Germany and Spain could speak more fluent English than me even though English was not first language for them as well. Additionally, I strongly realized my English was in the lowest level with both of speaking and writing compare to the other international students from variety of countries in ESL which was the English class for only non-native English speakers. I was anxious that if my English had been steadily improving because I just had to have my teacher or friends to repeat the extra explanation for a while.

You can see how hard I struggled with my course. And above all, the most severe course I had was the Drama. We had to do tons of activities, the voice training for many times, make the scripting and perform it with a partner in front of all Canadian students, and learn how to express what the character want to tell with body expression, which would never happen in Japanese high school. I sometimes wondered how it would be fun if all lectures were in Japanese as I did not really like it. I could finally finished it with support from my friends and a counsellor when I tried to change to another course. It needed courage for me to think and show lines all by myself. At the end of the drama, we had a huge show as a culmination. Although I was nervous if I could perform well, the show we all contributed for ended up fascinating. To conclude, I am proud of myself because I overcame what seemed impossible to accomplish, and this course allowed me to understand the importance of being able to actually make an action with using English.

Secondly, I am so glad to meet my wonderful host family and a roommate, called Verona from China. We all had fun with seasonal events such as Halloween, thanksgiving and Christmas. Especially, my roommate, Verona was extraordinary thoughtful to me; she taught me everything from about home to school. She actually made my stay more enjoyable. After all, all people in Nelson were amazingly beautiful. There were some Japanese who has stayed in Canada for one year and they generously counseled me when I had a trouble. Also, Canadians and international students fixed what I incorrectly said without giggling. Therefore, I regret that I should have tried to speak to them from the beginning of my staying even if it would be challenging to do so. After all, five months past incredibly fast for me.

Although I wonder if I would have been able to extend to one year program, I now am so happy that I could come to Nelson. Therefore, I do not regret that I chose to study in Canada instead of missing five months of high school life in Japan. I am grateful to all supports from people who encouraged and brought me this wonderful memory in Canada from bottom of my heart. To conclude, I love Nelson.

R.N's report
R.N

I have stayed in Nelson for five months, and had a wonderful time because it was safe and people were kind to me. I had so many experiences.

First of all, life in Nelson was different from Japanese one: my host family usually go to bed at least 10: we started dinner around 6: the amount of snow: width of roads.

Secondly, my host family were so nice and they brought me any kinds of places such as mountain hiking, the hot springs, America and the parade in downtown. Especially, going to America was amazing since it was the first time ever for me to visit there. They organized some events for me such as parties for international students, making a gingerbread at house at Christmas, having a camp fire at New Year's Eve. If I was in Japan, I couldn't experience these, so I was very glad. People in Nelson smile at me when I have an eye contact with them. I was so surprised because Japanese do not do anything when we have the eye contact, I was impressed about their custom but people in Nelson smile at me when I have an eye contact with them.

Thirdly, I also had many wonderful experiences in P.E. class and international program. In International program, we went for rafting, zip lining, hot springs and ice hockey game. All events allowed me to feel Canadian wild natures and sprits. Especially, I had so much fun with zip lining in Canadian wildness. Canadian nature was incredibly impressive; I saw the grizzly bear for four times before their hibernation in autumn; I also saw the wild deer in downtown. I was scared because it was standing from five meters away. And in P.E. class, we played music in class, and I went to skating, curling, squash, antigravity yoga, pool. Teachers in L.V.R. were very kind to me and always supported me.

To conclude, staying in Nelson for five months passed pretty fast. At the beginning of the staying I got so homesick and did not really like Nelson, however I gradually came to like it and had fun with everything. I totally enjoyed staying here from the bottom of my heart. I want to make the best use of all experiences in Nelson after I go back to Japan.


2017年1月17日

New Zealand長期留学から帰国した生徒の作文その2

高校2年 T.I

 大きな期待と不安でニュージーランドに飛び立ち、1年後、たくさんの思い出と大きな達成感で帰国することができました。優しく迎えてくれたホストファミリー、心強いスタッフの方々、ユニークな友人たち、いろいろな人に出会えて、思い出深い最高の留学となりました。

 はじめは、英語が全く聞き取れず、自分が話すとクラスメイトに笑われることが多かったです。たどたどしい英語でもクラスメイトとコミュニケーションがとれるきっかけになったのは、スポーツです。陸上の競技大会で活躍できて、たくさんの声援を受けました。スポーツを通して、クラスメイトと英語で意思表示がしっかりできるようになりたいとだんだん思うようになった。小・中学と野球を続けてきたが、高校では野球部を休部し留学している状態であるため、目標としていた文武両道とは言いづらい状態だった。しかし、スポーツと英語取得のための留学は自分にとってどちらも大切であり、長い人生で考えると「今、英語をマスターするべき」と滞在延期を決心しました。そこで2ヶ月の滞在予定だったが、1年間に延ばすことを先生方、両親にお願いすることにしました。ホームステイ先が何度か変更になって環境が変わり戸惑うこともあったけど、どのファミリーも温かく迎えてくれ大変ありがたかったです。このような経験が、日本とニュージーランドの文化の違いに気づくことにつながったと思う。特に驚いた違いは、授業の学び方、生活時間、職業意識と3つあります。

 一つ目の高校の授業では、ITの活用頻度が多く、クラスメイトのワード・エクセルなどのスキルの高さに驚いた。授業で出された「テーマ」について、持参のスマホ・パソコン・タブレットなどで検索し、それについて議論してレポートを提出する形式が多かった。日本のように一生懸命暗記はしなくてよいけど自分の考えを求められるので、それには自分が情報収集し理解していないと答えられないので難しく感じた。それに自分の英語力では言いたいことも言えなく悔しい思いもしました。

 二つ目の生活時間については、日本に比べてゆったりと時間が流れているように感じた。3時には学校が終わり、夕方6時には家族全員揃って食事をして、映画などを観て夜10時にはどこの家も寝ます。そして友人よりも家族を優先にして日々の生活を大切にしているように思えた。図書館、美容院、カフェも6時には閉まります。日本の働き方は残業があり、満員電車の通勤、24時間営業の店、狭い住まい、一方のニュージーランドは定時の仕事、ゆったりした環境、平屋の大きな一軒家がほとんどで、真逆の生活のイメージを持ちました。どっちが良いとか悪いとかは一概には言えないが、働き方の価値観、多様性につて考えさせられました。帰国して、最近報道されているワーク・ライフバランスについて興味を持ったところです。

 三つ目の職業意識については、ニュージーランドの高校生は学生時代から将来の仕事を明確にしていることに驚いた。クラスメイトには車を運転し、働いている人も多く、日本の高校生との違いを実感しました。自分は大学に行くことが目標になっていたので、その後に何の職業に就いたらよいのか、どんな仕事に向いているのかあやふやなままだったので、将来のために今何をするべきなのか改めて考えるようになった。

 このように言葉も文化も違う環境に飛び込み、戸惑いながらも諦めずに現地の人たちとコミュニケーションがとれた貴重な経験は、今後の生活の自信につながっていると思う。留学期間を2ヶ月から1年に延期したことをクラスメイトに話した時、みんなが喜んでくれたことは一生忘れられません。そして別れのときには、必ず再会することを約束しました。そのときまでにもっと英語を上達してグローバルな人になりたいです。


2017年1月10日

New Zealand長期留学から帰国した生徒の作文

2年 A.S

 私は昨年、ニュージーランドのマタマタという町に10ヶ月ほど留学しました。マタマタは想像していたよりも小さく、緑があふれるのどかな所でした。幸運なことに、ホストファミリーにも恵まれ、様々なことを経験することができました。私のホストファミリーは小さな農場を営んでおり、そこに羊や牛、鶏や豚が飼われていて、私はその鶏に毎朝餌を与え、卵を拾うのが日課でした。その他にも、ビスケットというマリンスポーツをしたり、綺麗なビーチに行ってサーフィンをしたりもしました。

 学校では、日本にはないような授業がたくさんあり、私はそのなかでも、Fashion & designとHospitalityの授業が特に好きでした。Fashionでは、主に裁縫の授業を受けました。学年の最後には、自分でデザインしたワンピースを作りました。ただ単に縫うだけでなく、ワンピースの形や生地の素材なども考えて作ったので、難しい課題ではありましたが、作り終えたときの嬉しさはとても大きなものでした。Hospitalityでは、料理のことを学びました。現地の子たちとの調理実習は初めの方は慣れず、身振り手振りを交えながらぎこちなく会話をしていましたが、時が経つにつれ、スムーズに会話できるようになりました。

 また冬には、学校のネットボールチームに入り、活動の幅を広げることができました。最初は全くルールが分からず、練習メニューも理解できませんでしたが、優しいチームメイトたちがゆっくりな英語で説明してくれたりと、練習のサポートをしてくれました。練習の合間には、日本語で話しかけてきたり、日本のことを聞いてきたりと、日本に興味を持ってくれることに嬉しさを感じました。マタマタの地区大会では、見事準優勝することができました。ネットボールのシーズンが終わった後も、チームメイトと一緒にお昼を食べたり、学校で話したりした大切な友達です。

 ニュージーランドに行って思ったことは、やはり現地に行かないと、本場の英語を学ぶことができないと強く感じました。日本で学んだ英語も現地では使わなかったり、きつい言い回しであったり、子供言葉だったということもありました。また、今まで遠くに感じていた外国が身近に感じるようになりました。

 私はあの10ヶ月間でたくさんの人々に出会い、そしてたくさんのことを学びました。このことは、私にとってかけがえのない思い出であり、宝物です。これらを決して無駄にせず、様々な場面で活かしていきたいと強く思います。


2016年9月5日

2016年度New Zealand 交換留学 7月20日〜8月27日

2年1組 N.I

 今回の留学で色々のことを経験し色々なことを学びました。もともと海外に行って英語を話してみたいという気持ちはありましたが、英語は苦手です。しかし、1ヶ月以上ニュージーランドで生活してみて英語との距離が少し縮まったような気がします。最初は現地の人の英語を聞き取ることはとても難しかったのですが少しずつ単語を聞き取れるようになりました。そして分からない単語があってもこういうこと言っているのだろうと感じ取ることまでできるようになりました。英文を読むのも同じです。分からない単語があっても前後の関係から読み取ることができるようになり確実に読むスピードもあがりました。これは大きな進歩だと思います。これを気に英語へ対する苦手意識が少しでも消え、もっ と真正面から向き合えていけたら、と思います。そしてせっかく英語に慣れた耳を無駄にしないためにも、洋楽を聴いたり、洋画を観たり、外国のテレビ番組を観たりして行きたいと思います。

 学んだのは英語だけではありません。日本との違い、日本人に足りないものについても学びました。自分からアクションを起こせ。この言葉、よく聞きますがまさにこれです。待っていてもほとんど何も得られませんでした。自分の英語が伝わるのか不安でなかなか話掛けられなかったのですが、勇気を出して話掛けるとみんな一生懸命聞いてくれました。現地の人はとってもフレンドリーで、誰に話掛けてもみんな気持ちよく接してくれます。心配する必要はありませんでした。だから、多少下手な英語でも自分が伝えたいという思いがあればちゃんと伝えられます。正しい英語も大切ですがそれよりも気持ちが大切でした。そして自分の発した1文に対し何文もの英文で返ってきました。日本人だったら「 はい」、「いいえ」だけで済ましてしまうよう問いにも彼らはその事についてもっと話を広げ、新たな質問を投げ返してくることもよくありました。彼らの話す力というものはとても凄いです。普通の会話だけでなく、授業や話合いでもそれはよく分かります。授業で、分からない部分や意見があったらすぐに発言しますし、話合いでは10分もあれば本当に色々な意見が出てきます。なぜこんなにも話せるのか。それは発言しやすい環境ができているからだと思います。発言するとき、日本人は、周りの目を気にしすぎてしまい、あっているのかどうかということに重点を置きがちです。しかしニュージーランドででそんなことを気にしている人はいないでしょう。いや、気にする必要がありません。1つ1つに反 応があり、どんな意見でも受け入れてくれるからです。例えその答えが間違っていてもドンマイといいた感じで空気が乱れることは決してありません。反応があるということが大切な環境の要素なのだと思います。

 そして彼らは話す力だけでなく心も広いです。英語が理解できないことが何度もありました。しかし、分からない、という意思表示をするとゆっくり話したり、違う単語に置き換えたりして分かるまで何度も何度も言い直してくれました。こんなに説明してくれているのに分からないなんて申し訳ないと思い謝ると、どんな人でも大丈夫だよ、気にしないで、と笑顔で言ってくれました。1ヶ月以上ニュージーランドに滞在しましたが、私は彼らの怒った姿を見たことはありません。水をこぼした相手にだって、机を壊してしまった相手にだて怒鳴って怒るようなことはありませんでした。そのときもやっぱり、大丈夫だよ、気にしないで、といった感じです。現地の人は本当に心が広いです。そしていつも笑 顔です。違う制服を着ているからかもしれませんが、学校で全く知らない人でもすれ違うだけでよく笑顔で挨拶をしてくれました。話している時だって笑顔です。そしてちょっとしたことでもsorryとすぐに謝りますし、ささいなことでもthank youと感謝の気持ちを伝えます。1日に何度この言葉を遣い、聞いたか分からないほどです。こういった気遣いができるところも素敵だと思います。
 私は日本に帰って来たとき、我が先といったようにせかせかと歩く日本人の顔は怖く見えました。まるでバリアを張っているようでした。日本に来た外国人が初めて日本人を見たときも、このように思うのでしょうか。私は、もっと広い心を持ちwelcomeな人となり、相手が話しやすい状況を作り、外国人のようなコミュニケーション力を身に付けたいと思います。また、自分の意見を持ち、怖がらずに伝えること、素直に反応することも大切にしたいです。

 この留学で色々のことに気づかされ、私を大きく成長させてくれました。この留学をサポートしてくれた家族、先生、ホストファミリー、現地の人などに感謝します。ありがとうございました。

今度は私が日本に来る留学生をサポートしてあげたいと思もいます。

2年5組 M.O

 私はこの交換留学制度を使って英語を学びたいと思い多摩大学目黒を受験しました。

 中学3年生で進路を考えていたときこの学校の説明会に参加して資料に目を通していると5週間のニュージーランド交換留学を見つけました。それにとても参加したくて第一志望で入学しました。

 1年生の春、短期語学留学説明会があり母と参加しました。そのとき先生が「今年は交換留学がありません。」と言っていてかなりショックでした。しかし交換留学ではなくても英語に触れてみたいと思い3週間のアメリカ語学研修に参加しました。

 3月頃、2年生になる生徒から交換留学生を募集するというプリントが配られました。帰宅後すぐに両親に参加したいと伝えました。それから何度も話し合って参加することに決まりました。

 たった5週間現地の学校に通うプログラムではあるけれども英語が聞き取れなくては授業についていけなくなるし英語が話さなければ自分の思いを伝えることができないので出発までに英語を聞いたり文法を勉強したりしました。

 ホストファミリーはとても優しくて私が言おうとしていることがあると必ず優しく目を見て話を聞いてくださいました。アクセントのつけ方がちがうと正しい方を教えてくださったり、リビングで寒そうにしていると毛布をだしてくださったり、土日はなるべく車で出かけたりと英語だけではなく思いやりの面でも多くのことを学ぶ事ができました。ホストシスターで1月に私のお家に来るCarrieは中国人でとてもおしとやかな子でした。毎朝15分かけて一緒に登校し1日が終わるとまた15分歩いて下校していました。朝起きると必ずGood morning と挨拶を交わし登校中は日本についていろいろな話題を話したりニュージーランドについて会話したり中国についてもたくさんの話題で話しました。下校中はその日の出来事を話したりしてあっという間に到着していました。Carrieはとても日本に興味を持っていてくれていてアニメやマンガだけでなく映画やドラマ・音楽も知っていて共通の話題で盛り上がることができました。日本の教育について日本とニュージーランドと中国を比較した話題などでも盛り上がりました。家ではテレビがほとんどついていなく、ホストファミリーはデバイスを使って動画をみていました。

 車やバスで街を通っているとなにが日本と違うのか、気付いたことがいくつかあります。ニュージーランドの季節は冬でした。日本の冬というと草木に葉がないけれどもそこにはたくさんの緑がありました。それもあり見ていると寒いというイメージはうけませんでした。信号や横断歩道が少ないことも違います。Cityにいくとたくさんあるけれど少し離れると横断歩道はほとんどなく信号のかわりに時計回りに車が進んでまがるような仕組みになっていました。横断歩道では車がすぐに止まってくれてスムーズに渡ることができました。比較的日本車が多く、車だけを見ていると日本にいるようでした。坂道も非常に多く遠くまで歩くのには疲れました。路上駐車が多いため道の幅は広かったです。ニュージーランドにいて自転車を見かけることはあっても自転車に乗っている人はみませんでした。ほとんどの移動が車で朝と夕方の通勤帰宅時間はみちがとても混雑していました。

 学校には日本人が15名ほど在学していていました。夏休みということもありLynfield Collegeの姉妹校でもある品川区からの語学研修生もいて日本人を目にする機会は多かったです。在学中の日本人の子たちから学校のことを教わって結構早く慣れました。2時間目と3時間目の間にある20分のインターバルではお菓子を食べていました。ランチタイムはサンドイッチを食べてからバレーボールに誘われて体育館に行ったこともありました。ランチボックスにはサンドイッチが入っていて具はハムや目玉焼き、魚のフライなどいろいろな種類があり必ずレタスも入っていました。普段サンドイッチは食べることが少なくて5週間このランチボックスで飽きないかどうかの心配はありましたが多くの種類と美味しさで飽きることなく食べることができました。授業はあたりまえだけれど全部英語で話されてわからないことも多くありました。Scienceはちょうど自分が得意な物理でした。説明が分からなくても1年生で習ったことで単位がつくからわかりやすく計算問題や文章問題も解きやすかったです。Mathの内容は中学生ですでに習ったことだったけれど解き方が異なっていて新しい方法も学ぶことができました。しかしトレーニングタイムでワークシートの問題を解いていると長い文章問題が出てきて理解できず解けないものもありました。P.E.はニュージーランドでは有名なネットボールが単元でした。バスケットボールを改造したようなスポーツです。私はバスケットボールをやっていてシュートがよくはいるということでゴールシューターになりました。自分がシュートを決めるとチームみんなが喜んでくれてうれしかったです。コミュニケーションとるために会話も多くできました。Hospitalityというfoodの授業では1週間に1度は必ず調理実習があり、ミニキッシュ・ソーセージロール・スポンジケーキ・スコーンなどほかにもたくさん作りました。レシピが英語で書いてあってわからなくてなにをすればいいのかわからなくても何か役に立ちたくて何をすればいいのか聞いて班の子に助けてもらいながらつくりました。後半になると慣れて理解できるようになって聞かなくても自分でレシピを見て動けるようになりました。英語は2種類ありました。本を読んだりコンピューターを使ったゲームをしたり短い物語をたくさん読んだりしました。最後の1週間、自分の国のお祝い事について書くというテストのようなものでは新年の過ごしたかについてかきました。電子辞書はルールで使えなくてわからない単語など調べることができない中で書かなければいけなくて大変でした。たくさんの文章を読んだので少し読解力が上がったように思いました。ニュージーランドにはいろいろな国からきている人が多くて友達になった中にはブラジル・中国・韓国・イタリア・フランスなどいて国際的な国だなと思いました。

私は夏休み夜更かししたり宿題も計画的に行わなくて前日に慌てるタイプの人だけれど毎朝7時30分に起きて21時30分に寝るという規則正しい生活を送ることができました。毎日学校に通ってることもあり家で必ず机に向かう時間があったので宿題も予定より早く進みました。夏休み中のたった5週間だったけれど自分の未来に繋がる大きな経験のうちの1つになりました。交換留学だからCarrieが12月末に日本に来るのでまだこのプログラムは終わらないからその時にまた少しでも英語で楽しく話せたらいいなと思います。
 もっと文法を勉強しようと思いました。単語もわからなければ会話は成り立たないけれど自分が話すとなると文法が大切だと思いました。単語がわかっていてもそれをどう文章にいれればよいのかが分からないときが多くありました。これからの英語の授業はもっとがんばろうと思えました。大学でも留学制度が整っている学校へ進学しようとおもっているのでその時のためにもいまから英語をしっかりと学んでいきたいと思います。


2016年9月5日

2016年度 米国研修報告 7月21日〜8月10日
1年生24名 2年生13名 37名 

2年8組 R.K

 僕はアメリカが以前から好きだったので、語学研修に行くと決まった時、とても興奮しました。普段、洋楽を毎日のように聞いていたおかげか、英語を聞き取る事はできましたが、返事をする時になかなか英語が出てきませんでした。けれども、英語で囲まれた生活をしていると少しずつですが、初日よりかは話せるようになりました。ホストファミリーと会話ができるようになった時、成長を実感しました。ホームステイ先のコロナドの人はみんなフレンドリーなので落ち着いて、買い物や外で遊ぶ事ができました。僕のホームステイ先のGillさんは、外食に連れていってくれたり、ドライブしてくれました。とても優しくて、面白かったです。英語のlessonは、楽しいので積極的に学おうとという気持ちになれました。一番楽しかった事は、メジャーリーグを見た事です。球場全体が盛り上がっていて、演出がすごいので盛り上がりました。ホームステイ先に帰る時でも興奮がさめませんでした。毎日が充実していました。この語学研修で僕は、将来アメリカで働き、アメリカで生活したいと感じました。そのためには、英語力を身につけないといけないので話す、聞く、書く、の3技能を特訓し、ネイティブになれるように努力したいと思います。また、このような経験ができたのは、家族のおかげなので、とても感謝しています。ホームステイ先の家族、先生方ありがとうございました。

2年2組 N.K

 僕は、この語学研修が人生の中でとても貴重な体験になりました。

 このコロナドへの語学研修が僕にとって初めての海外への訪問でした。初めてということもあって、英語が通じるかとかアメリカでの生活が少し不安でした。不安とは逆に、アメリカでの生活を楽しんで良い経験にしたいという楽しみもありました。

 僕がホームステイした家はホストマザーのみでした。ホストマザーはとても親切で元気のある方でした。フリーの日などの予定を立ててくださったり、僕達のためにたくさんのことをくしてくれました。とても感謝しています。一人で住んでいるのにとても家が大きく、大きなプールもあって、とてもびっくりしました。毎日のようにプールで遊び、毎日のようにアイスを食べたり、とても楽しい時間を過ごすことができました。

 コロナドで過ごした3週間で日本とアメリカは全く違う国だと感じました。自動車の走る車線が逆だったり、「愛国心の強さ」や「フレンドリーさ」でした。特に「愛国心の強さ」と「フレンドリーさ」は印象に残っています。「愛国心の強さ」は家に国旗を掲げていたり、野球の試合前に国歌を歌っていて、国歌を重視していたのでそう思いました。「フレンドリーさ」は道路ですれ違ったときに、Hi,Hello,How are you?とほとんどの方が声をかけてくれました。日本人は恥ずかしがり屋や内気な多いのに比べアメリカ人はとてもフレンドリーでした。  英語での会話では、自分の言いたいと思っていることを英語にして話すのが非常に難しかったです。いつもだったらすぐ頭に浮かぶ単語が焦って浮かばなかったり、ホストマザーが言っていることが聞き取れないときがたくさんありましたが、目を見て話すことによって、相手が分かろうと努力してくれるし、分かりやすい英語で言い直してくれました。自分の英語力が低いことを改めて実感しましたが、改めて目を見て話すことの大切さに気づきました。食べ物屋などで品物を注文するときの会話が一番難しかったです。店員の英語がとても速く、聞き取ることができませんでした。店員は他の商品を薦めてきて、それを断るのが大変でした。

 学校での授業では、英語で映画を見たり、英語を使った楽しい授業を受けることができて良い経験になりました。また、休み時間にテニスをしたり、バスケットボールをして話したことない人と仲良くなることができました。

 また、授業後のアクティビティは全て楽しかったです。海にいったり、ショッピングをしたり、プールにいったり、メジャーリーグを観戦したり、ホームパーティーをしたりととても充実していました。その中で一番印象に残っているアクティビティはカヤックです。カヤックは人生初でした。海に落としたり、落とされたりととても楽しい時間でした。  僕はこの研修を通じて異文化に触れることの大切さや異文化理解が大切だということが分かりました。異文化に触れることによって日本の欠点や良い点を見つけることができる。異文化を理解してその地域の人と仲良くしたりすることも大切だと思いました。

 今回の語学研修を機に英語をさらに勉強し、将来の職業や東京五輪のときに英語を使って活躍できるようになりたいと思いました。

 最後にこの研修を企画してくださった先生方やサポートしてくださった方、ホストマザーほんとにありがとうございました。

 I had a very good time in Coronado. I like the cool wind which blows in the morning and night. I will never forget Lisa and the days I spent in Coronado. I want to go there again!!  I will go back there.

1年4組 I.K

 私は初めて日本から出て外国に行ったのはCoronadoが初めてでした。最初、外国は日本と違って怖いところだというイメージを持っていて行きたくないと思っていました。ですが両親や周りの友達に行った方が良い、絶対将来に繋がると言われて行くことを決めました。行く前は不安でいっぱいでしたが、いざ行ってみると楽しいことばかりでした。風景も建物も歩いている人も全てが違う景色を見られていることに楽しさを感じました。ホストファミリーの方もとても優しく、私が英語をうまく聞き取れないときはゆっくりと喋ってくれたり紙に書いてくれたりしました。その時私はたくさん勉強してきたのにこんなに英語が喋れないんだなと実感しました。それからできるだけ多くの現地の人とコミュニケーションを取るようになりました。最初の時よりずっと英語が楽に聞き取れるようになった気がします。3週間だけでこんなにも変わる事に気付けて良かったです。また外国に興味を持つキッカケを与えてくれた語学研修は本当に最高でした!行って良かったなと思いました。

1年9組 K.I

 私は三週間、アメリカのサンディエゴという場所に語学研修に行きました。日本とは違い、一年を通して雨が降らずとても過ごしやすいところです。

 私はもともと英語が好きで、中学の頃から高校生になったら海外留学にいきたいと思っていました。やっとホームステイ先も決まり、期待とともに大きな不安もありました。それはスピーキングの力に自信がなく、ネイティブの人と話すきっかけがあってもうまく話せなくて悔しい想いをしたことがあるからです。私の親戚にイギリス人がいるのですが、その人が日本にきたとき、聞きたいことがあっても自信がないせいで聞けなかったり、聞かれたことにもうまく返せなくて、本当は楽しくお話したいのに話すことすらままならず、悔しかったです。だから今回の語学研修では文化の違いを学ぶだけでなく、そんな自分を変えてから帰りたいという気持ちがありました。アメリカについたらホストファミリーが迎えに来てくれていました。私のおうちは既にブラジルからきた留学生がいました。これから三週間ひとつ屋根の下で過ごす人たちと会うと思うと本当に緊張しました。対面したときもドキドキハラハラしていて顔がこわばっている私にホストファミリーは気さくに話しかけてくれました。やはり最初は身の回りの全ての言語が日本語ではないということに慣れず、不安ばかりでした。また、聞かれたことに対して質問が分からない自分が情けなく、申し訳なく思ってしまい、生返事をしてしまうこともありました。しかし、ホストファミリーはとても優しく、学校から帰ったあとはプールや映画、ショッピングモールなどいつも色んな場所へ連れて行ってくれました。そのおかげでシスター達ともすぐに仲良くなれたし、たくさんお話することができました。話すときに、この文法で合ってるかなとかこの英文で言っても伝えたいこと分かってもらえないかなとか思い、黙ってしまいそうになったりすることも多々あったけれど、そんなときはいつも、行く前に先生が教えてくれた言葉を頭に思い浮かべていました。『so what? who cares?』です。日本人なんだから英語をペラペラと話せないのは当たり前で、私の言った言葉の文法がおかしくても、英語の力が足りなくてうまく伝えられなくてもだから何?誰が気にするの?という意味の魔法の言葉です。滞在中は何度もこの言葉を思い出しました。この言葉のおかげで会話もはずむようになったり、積極的にコミュニケーションをとることができました。そうして過ごしていくにつれてだんだん生返事をしてしまうことも減りました。単語の意味がわからなかったら教えてもらう、聞かれていることの内容が分からなければ聞き返す。これはとても大切なことで、自分の殻に閉じこもってしまってはこの研修は何の収穫もないと思い、必死にネイティブの英語に耳を傾けていました。学校では日本人ばかりいるので、どうしてもずっと日本語で話してしまいがちでしたが、向こうでの学校の先生やデイビットに話しかけにいきました。昨日のホストファミリーとの出来事を話したりできたときは本当に楽しいと思えました。

コメディ映画をみて皆が笑っているところで笑えないときに、いつか私もコメディ映画をみて笑えるようになりたいと思ったり、時にはコミュニケーションがうまくいかず、相手にしっかりと伝えられていないこともありトラブルが起こってしまったこともありましたが、いつか私も自分の伝えたいことをしっかり伝えたい、英語でけんかができるくらいになりたいと思えたりと、夢や目標もできました。今ではホームステイ先のおうちでひとりで泊まることを選んで心からよかったと思います。全く異なる環境に身を置き、どこまで成長できるか試したかったのですが、大きく進歩したと感じています。家族にも恵まれ、アメリカで過ごした三週間は一瞬で、日本に帰る日にはたくさん涙を流したくらい、私にとってかけがえのないものとなりました。

2年4組 H.H

 僕がアメリカで過ごした3週間は非常にためになる楽しい時間でした。ホストファミリーと会うときは不安が多少ありましたが、親切で気遣ってくれる人だったのでよかったです。

 僕のホストファミリーはお父さんとお母さんという家族構成で子供がいなかったのですが、会話をしていて楽しかったです。そして次の日のプランを細かく立ててくれていたので過ごしやすかったです。

 僕のホストファミリーは親戚や友達など多かったので、僕も英語を話す機会が多かったのでよかったです。

 僕は1人でホームステイだったので部屋にこもっていたら意味がないと思い、ずっとリビングにいました。すると自然と会話をするようになり、オリンピックの話やアメリカのテレビの話、大統領選挙の話までしていました。学校では先生が優しく自分たちにあった授業をしてくれたので非常にためになりました。

 アクティビティでは英語を話す機会は少なかったですが、みんなで楽しむことができました。自分がアメリカで過ごした間で、一番英語を使うときに難しいと思ったときは買い物の時と子供と話す時です。買い物の時は普段で使わないような言葉があるので、自分の分かる範囲で会話するのが難しかったです。

 子供と話す時は大人とは違い容赦ないスピードで話すので聞き取りが難しく、返事に困ってしまいました。アメリカに行ったことで僕は経験を積むことができ、良い思い出を作ることができました。このプランを考えてくれた先生、現地でサポートしてくれた方々、ホストファミリーに感謝しています。

1年1組 K.F

 私がこの研修に参加しようと思ったのは、中学3年生の時に修学旅行で行ったオーストラリアで、とても良い経験が出来き、また海外へ行って英語を勉強したいと思ったからです。
 私のホームステイしたお家は、お父さんお母さん、おばあちゃん、3人の兄妹の6人家族でした。初めは緊張して、ご飯を食べ終わったら部屋に戻ってしまったり、なかなか話しかけることが出来ませんでした。それでも、食事の準備や片付けをしたり、洗濯の仕方を教わったりしている内に、その日学校でしたことや、日本の学校でのことなど色々な話をすることができました。休みの日には、オススメのアサイーのお店に連れていってもらったり、皆でごはんを食べに行ったりして、よりたくさん会話が出来ました。

 時にはなかなか言いたいことが通じないこともありましたが、ホストファミリーは私の言葉をしっかり聞いてくれて、理解しようとしてくれました。自分の伝えたい事が伝わった時はすごく嬉しかったです。

 1回で通じないときは、それなら他の言い方で言ってみよう!と、話す言葉を考えたりするのが楽しかったです。英語でコミュニケーションをとる楽しさを知ることができました。学校では毎日、アメリカ人の先生との授業があり、日本の英語の授業では習わないような日常会話で使える、より自然な英語を学ぶことが出来たり、他にもネイティヴの先生との授業でしか学べないことをたくさん学べました。長いと思っていた3週間もあっという間に過ぎ、最後の日に、ホストファミリーが「帰っちゃうのは寂しいけど、また来年でもいつでも戻って来てね」と言ってくれました。私は、快く迎え入れてくれて、たくさん楽しい思い出を作ってくれたホストファミリーに、ありがとう、という気持ちがいっぱいでした。

 私は、英語をもっと上達させてまたあの町へ戻りたいとおもいます。

1年8組 N.Y

 この夏、私はアメリカ語学研修に行きたくさんの事を学ぶことができました。

まず、私が参加したかった理由は、同じ多摩大目黒を卒業した姉も過去に参加していたからです。入学する前から気になっていたので、実現することができて本当に良かったと感じています。

 初めは、緊張ばかりでした。ホストファミリーはどんな方なんだろう、自分の今の英語でどこまで通じるのだろう、相手が言っていることをしっかりと理解できるのだろうか、ととてもドキドキでした。しかし、アメリカに着いてから、ホストファミリーに初めて会った時、明るく迎えてくれて、一気に緊張が解けました。

 そんなホストファミリーとの生活が始まってから、簡単な日常会話でも通じた時はとても感動しました。また、ホストマザーにあなたの英語のレベルは高いわよ!もっと頑張って!と言われた時は心から嬉しかったです。

時には、相手が話すのが早いと感じたり、知らない単語が出てきた時、とても焦ることがありました。ですがそんな時にも、ホストファミリーはゆっくりと話してくれたり、単語の意味を簡単に説明してくれたりしました。他には、英語でモノポリーやトランプなどのゲームを企画してくれたり、映画を字幕で観せてくれたりと、率先して英語を一生懸命教えてくださってとても感謝しています。

 また、コロナド地方は海や建物などの綺麗な景色に囲まれていて、最高の天気でとても快適に過ごすことができました。ホストファミリーや先生にショッピングセンターやコンサートに連れて行ってもらい、老若男女問わず、音楽に合わせてダンスをしていたりとアメリカの雰囲気なども楽しめました。買い物のシーンでも、店員さんと英語で話すのでリスニングやスピーキング、イントネーションの良い勉強になりました。

 今回の米国語学研修では、日本にいるだけではなかなか聞けない、生きた英語を聞き、言語が違う相手とのコミュニケーションを学ぶことができて、自分の英語力を試し、力を伸ばせた、とても良い機会となりました。また、大きな楽しい思い出となったので、また行けるチャンスがあれば、ぜひ行きたいと思いました。


2016年6月22日

Exchange students to Utah.

Our exchange students to Utah U.S spent 10 months there and have just come back to school.
Here are their impressions about their experiences and pictures.

The Best Time Of My Life
A.K

I stayed in St George, Utah for ten months. I don’t know if it was long or short, but I would say that it was the best ten months ever in my life.

I got there in the early August. It was really hot and dry. In Japan, especially in June and July, it rains a lot, almost every day and it never gets dry. For these reasons, I loved how it was hot, dry, sunny, and how the rain doesn’t last long.

I started my school a little later than everyone. I was really nervous because I knew no other Japanese students were there and it meant that making friends for me became a little harder. No one treated me “special” just because I was an exchange student in my classes. Having to do everything just like a normal student was a little hard because I didn’t speak fluent English and of course everything was in English, and I hardly could understand the teachers and the classes. It took me a while to be able to understand and to speak English. The big reason why I got better at English was my wonderful friends. They stayed with me and supported me through happy moments and even sad moments. Everything was just fun and I was happy, but the last three months, I had some problems with my host family. My host parents were getting divorced and whole family was fighting every night. I wasn’t strong enough to help them and go through all of it with them, and I talked about it to my friends and one of my best friends walked to my house just to see if I was okay, and to make sure that I was really okay, we hung out with some other friends every day. My other best friend told her mother about my situation and me. They were so kind that they let me stay at their house for the rest of my stay in Utah. Thanks for these kind people, I was able to spend my hard time much better. Now that I’m back to Japan, all I can do is to thank every single person that happened to come into my life and to think how and what I can give them back.

My plans after my senior year in Japan is to attend and graduate from a college in America then, work for exchanges students and help them make the best time ever in their lives and to make them think that they were proud to be an exchange student.

I will thank again for all of you that made my exchange student life happen, and made my whole world change.

H.W.

I want to contribute to all over the world. If I do it I have to grow up as a human and make difference with other people. If I want to do these I need to learn another country's culture. What I think different is for example languages and a thinking.

I stayed in Utah which has a strong Christianity. And I was told that they are crazy and I can not take any caffeine. So I got so nervous. I thought these people are different from me. But after starting living with these people I though they are same as me. They are a regular human being. They just believe in something different. Everyone eats dinner and sleeps and wakes up. Everyone is same. The reason why the people who told me that they are crazy is they see the differences in their culture. If they watched the basics they would not think they are crazy.

I found out world is small from my experiences in America. I went to London 2 years ago. They use British English and they think this English is real English. But in America thy use American English and they think it is real English. I think it is like a dialect. So we have Japanese English and Korean has Korean English. When I think these, I feel world is like a country and Japan, America and other countries are like a city. So I thought the world is small.

Before I went to America I thought language is so important. But after I went to America this thinking was changed Language is just a skill. If I can speak 5 languages and I don't talk with a lot of people, it is not good. If I can speak 10 languages and I don't use this skill, it is not good. What I want to say is language is just a skill and we have to acquire patience passion and experiences. If I can speak a lot of languages, but I don't have anything to say, it means nothing. So I thought studying abroad is not only for a language but feel the differences.

I thought people are not equal before but I think differently now. Most people who stay in Utah are Mormon and I was told we are equal by Mormon people. I thought it is not true. But if I compare me to someone, which is superior? I found out there is nothing like superior human. They are just born in the region. I think the physically disabled people don't want to be thought miserable. It just makes difference.

I do not know how I will grow up in the future but I try to believe in my future. I want to treasure my experiences in America and I want to contribute myself to something useful and make people feel proud of themselves.

What I learned in the U.S.
D.N.

I learned a lot of things through studying abroad. Time passed very rapidly just survived at first. I had a good time and a hard time, but most of them were almost first experience for me and I enjoyed them. There were a lot of differences about way of thinking about family and religion, and system of society and school. That confused me. I had only knowledge about there are people who believe in God ,but I hadn't understood them. However, I went to Utah and was exposed to real religious people, that changed my way of thinking to religion. Besides, I felt American family had strong relationships with each other compared to Japanese family. In my host family, we hung out every weekends. Actually I like Japanese family type better than American family, but I was really surprised that foreign people have absolutely another way of thinking about family. I knew that there are diverse senses of value around the world. My experiences of studying abroad broadened my mind.


2016年6月16日

National English Speech Contest Tokyo Preliminary

The 36th National English Speech Contest Tokyo Preliminary was held on July 11th at Nerima Industrial School.

Class 3-2 student M.T. delivered an excellent speech and was praised by the judges.

I was with her that time and very proud of her. Here is her speech and summary.(Japanese Summary below)

(Hiromi Takagi, English Teacher)

International Cooperation

Hello. I would like to talk about international cooperation, and how we could all become a part of it.

I lived in the States when I was six years old, and I came back to Japan when I was nine. Even though it was a short time, and nine years have passed, the experience is still a part of me. I couldn't understand a word anyone was saying at first, and most things were confusing. I was usually with my Japanese friends. But after about a year, I slowly became used to my new life, and gradually I spoke in English at home with my sister, and it came to a point where I couldn't remember what it was like in Japan. I was invited to sleepovers, and made so many friends. I was able to become a part of a culture, language and a community that wasn't mine.

School was fun, and much more fun and creative…Teachers just don't make us listen to what they say. They give us chances to create things in class. Presentations and games were normal. The teachers encouraged students to be independent, and outgoing. Before I knew it, the three years were over.

When I came back, I was confused by everything again, except this time I was back in my own country. I received reverse culture shock, and realized that almost nothing was the same. School was more serious, organized and everyone was grown up since I last saw them, and more polite and independent than the students in the States. Teachers wanted us to be a big group, and of course, the language was different. I went through the same thing again and slowly got used to my new life.

There are so many things I've learned from the years I was in America, and the first few years in Japan, and I'm still learning. But there is one thing I'm sure of, and it is this: Everyone should have pride in their own culture and the place they come from, but in the end, we could be a part of anything and accept any differences people might have if we just put our minds to it.

I also learned that it's easier said than done, because if it was easy, racism and wars caused by people not accepting the differences wouldn't exist. So many histories show people fighting each other just because a person has a different skin color, language, religion from somebody else. There are wars today that never should have happened, or could've been prevented. If we could always keep an open mind, I believe that this world would be a very different place, where people try to understand each other.

The differences between Japan and the States were big, but it taught me that there are more than hundreds of countries which hold different views, and I'm thankful I was given the chance to realize that.

My best friend is from Taiwan, and she teaches me her culture, which is something I would've never known if it wasn't for her. Some of my relatives live overseas, and when I translate for them, I understand the importance of being a bridge between them, so that we could all experience new things. There was an English seminar I attended with my father, and there were people over sixty who talked about politics in English even though it took a long time to string two words together. Learning English is useful too, for many people speak it. I know now that speaking fluently or flawlessly isn't that important; the things we say and the way we use it is the key to finding a good connection.

All of these things have led me to think that it isn't impossible to be part of a world where we put aside our differences and respect each other. I also learned that there are many things we could do, like making a foreign friend or attending an international seminar to touch something new and different, to spread our world.

I turned eighteen today, so I'm almost an adult. I will start thinking of my future, but whatever I do, I will always keep an open mind, use both of my languages and never forget the things I've learned. I believe that just a small action could eventually lead to a place where we see each other as friends despite any differences we might have. Most of all, I believe that we could start walking towards a better future, for all of us. To realize this, we need to understand the differences between cultures and respect theses differences. And that excites me the most. Thank you.

国際協力

 私は六歳の時にアメリカに行き、9歳で日本に帰ってきました。たった3年間の出来事だったのですが、その経験は私の一部になりました。最初は全てが新しく何もわからない状況でしたが、1年が経つころから英語がわかるようになり、少しずつ自分の国とは別の文化、言語、社会の一部になることを通じて、日本とは全く違う教育システムや習慣等を学ぶことができました。

 9歳になって日本に帰ってきたときは逆カルチャーショックを受けました。全く日本の事を覚えてなかったので、違いに戸惑いました。
 日本の学校の方が厳しく、先生方もアメリカとは違い「教える」という事に重点を置いていました。もう一度新しい生活になれるという事を経験しました。アメリカにいた数年と日本に戻ってきた最初の数年の中で学んだ一番大きなことは、自分の出身国と文化に誇りを持つ事はとても大切なことであり、また逆に、やろうという意思があればどんな状況でもその一部にもなることができ、自分との違いを受け入れる事ができるという事です。

 言うのは簡単ですが、今現在差別や文化、言語、宗教の違いを受け入れる事ができない人々が起こしている戦争が世界中で行われています。それらは考え方を広げることで防げる事であり、またそれができたらこの世界自体にお互いを理解しようとする人々が増えると思います。私が経験したアメリカと日本の違いは大きかったのですが、違いを受け入れるという強い意思が世界を広げるという事を学びました。

 今、私は、台湾出身の親友の話や、海外に住む親戚の通訳、日本で行われる国際政治に関するセミナー参加等を通じて、英語のレベルにとらわれず、相手の国を理解し尊重しようとする人々に会う機会に多く恵まれています。それらを通して2つの文化や言語を繋げるという事の大切さを学ぶ事ができました。今日18歳になったので、将来について考えていきますが、なにをするにしても常に広い視野を持つ事を忘れず、両方の言語を使っていきたいと思います。

 また、一つの簡単な行動から様々な人々が違いを受け入れる事のできる世界に近づく事ができると思います。世界に存在する様々な違いに対する尊敬の気持を忘れず、より良い未来のために頑張っていきたいと思います。


2016年5月13日

Video letters from schools in Nelson, Canada #2


コーディネーターのSandyさん

ダンスクラスのビデオ


2016年5月12日

2016年度カナダでの高木先生の視察の写真

Here are photos taken at schools and surroundings in Nelson, Canada, where a new study program for a year (or half a year) is going to be held.
Please have a look at them and imagine how your school life will be in there!


2016年5月9日

Video letters from schools in Nelson, Canada

This September, we are starting a new study program in Nelson, Canada for a year (or half a year). Please enjoy the pictures and talks from the staff and a student in Nelson, Canada.


L.V.RogersSecondary Pricipal

L.V.R.Internal Student

Mt. Sentinal Principal talk

Salmo Secondary School Talk

2016年4月18日

2016年度 NZ留学生報告

3年 S.N

I couldn't do it during daytime because I was immersed in English, but I had time to think many things under the beautiful starry sky at night.

In Japan, students are told just to study. Although teachers seem to believe they explain all the reasons we have to study, what the teachers are really saying are what needs to be taught in general, and it doesn't fit some parts of life. Some people, however, can't find the reasons on their own even though they study hard. The pressure of exams makes them study more and that steals not only the time to think, but also the rooms in their hearts. I had been one of them.

Fortunately, however, I could find the reasons now .I'd gotten the time and the chance to know more ways to think and to live than when I was in Japan. I was away from my family. I saw nice stars. Kiwi people were easygoing. The environment in NZ let me think and realize the reasons why I study, what makes me feel pressed, and what kind of things would lead to my future and so on.

There is no need to write the answers I've found. What I need to write is that I was lucky to have found the answers around the time I was becoming a prospective student. I couldn't have done that if I had been in Japan, no matter how much time I tried to make. That's why I'm deeply thankful to everything that gave me this chance.

 英語ばかりで日中は余裕がなかったけれど、夜は綺麗な星空の下で色々考える時間があった。

 日本では、学生はとにかく勉強を要求される。先生方はその理由の全てを説明した気になっているようだけれど、先生の話は一般論であり、人生におけるすべての部分に当てはまるわけではない。しかし、ひたすら勉強をしながらにして勉強しなくてはいけない理由を自分たち自身で見つけることができない人もいる。受験のプレッシャーで精神的にも時間的にも余裕がなくなるのが原因だ。私もそのうちの1人だった。

 しかし幸運にも、私はその理由を見つけることができた。時間と、少なくとも日本にいる頃よりは多様な考え方や生き方を知る機会を手に入れた。家族と離れていた。綺麗な星が見れた。NZ人はのんびりとしていた。NZの環境のおかげで私は考えることができ、なぜ勉強をするのか、私を焦らせるものは何か、どのようなことが未来に繋がるのかといったことについての答えを(少しだが、というニュアンスを入れたいけど出来なかった)見つけたのだ。

 ここでその私の答えを書く意味はないだろう。私が書くべきは、私は受験生になるのを目前にしたこの時期にその答えを見つけることができたのは幸運だということだ。もし私が日本にいたら、どんなに時間を作っていようが叶わなかっただろう。

 そういうことで、このチャンスを与えてくれた全てのものに私は深く感謝している。

3年 A.W

My school life in New Zealand was very bright. I was uneasy before I came to New Zealand. However Teachers and students were very kind to us. I had made a lot of friends. I was able to have a lot of communication with them.

In Japan my school is smaller than Morrinsville College. it is huge, so the first time I came there, I got lost.

In New Zealand, I couldn't believe that students use cellphones, drink water and eat food while they are in class. I was also surprised that after every class I have to move.

We don't have interval time in Japan, so that is very new to me.

The more I stayed there, the more I could talk with people who live in New Zealand. I couldn't speak English very well and there were a lot of words that I didn't understand but people taught me patiently to be able to understand.

Like these, there were lots of differences between New Zealand and Japan.

It was great experience for me.

I had an awesome time.

 私のニュージーランド留学は楽しみと緊張から始まりました。ホストファミリーとのコミュニケーションや食事や学校生活など不安はたくさんありました。ですが私の想像をはるか超えるくらいに優しく、日本人に理解をもってくれるホストファミリーでした。最初はなかなか話しかけられなかったり、なにを話せばいいかわからず、自分から積極的にコミュニケーションを取りに行くことができず、いつも話しかけてもらっていました。けれど時間が経つにつれ徐々に自分から話題を振ることができるようになり一緒にいるときは常に会話を交わすようになれました。お風呂や洗濯や食器洗いなどさまざな文化の違いがあり、最初は戸惑ったことも多々ありましたが、次第に慣れていきました。休日には観光地やショッピングに連れて行ってもらい日々充実した日を過ごせました。
 学校では、日本と真逆といっても過言ではないほど違いました。ですが慣れてしまえば日本より過ごしやすいと感じたところもありました。それぞれの授業は移動なのでたくさんのいろんな人たちと出会え友達になることができました。日本とはまったく違う環境のなか、2ヶ月間やっていけるか不安でしたが、友達や先生、ホストファミリーがいつも助けてくれて有意義な毎日を過ごすことができました。この2ヶ月間の留学は私にとってとても良い経験になりました。

2年 M.S

 2ヶ月間ニュージーランドで生活をし、現地の英語に触れることができました。

ホストファミリーは父、母、女の子2人、男の子1人のとてもにぎやかな家族でした。はじめは、言葉が通じるか不安でしたが私が理解できるように、ゆっくりと英語を話してくれました。そのためホストファミリーとコミュニケーションをとることができるようになりました。

 実際に通った現地の学校のMatamata college では、自分で学びたい教科を選択し、全て英語で現地の子と一緒に授業を受けました。最初のうちは、学校の先生が何を言っているのかわからず、周りの子たちを見て行動していました。苦労したこともありましたが、現地の子から声をかけてきてくれて、説明してくれたりと優しい子がたくさんいました。学校行事にも参加し、たくさんの子と仲良くなり、友達になることができました。毎日学校に通うにつれて、友達や顔見知りの子が増え、日本語で「オハヨウ」と声をかけてくれる子もいました。Matamata college はとても自由な学校で私は学校に行くのが楽しくなりました。

 休みの日には、ホストファミリーがどこかに連れて行ってくれました。時には、私のホストシスターとブラザーの友達やその家族がお家に遊びに来て、一緒に出かけたり、バーベキューをしたりと、他の家族とも交流することができました。とても充実した休日を過ごせました。

 私が特に印象に残っていることは、2つあります。1つは夜の星空です。私はトラックの運転手のホストファザーの仕事場についていくために、朝の5時に家を出ました。とても空気は澄んでいて、星空はまるでプラネタリウムのように綺麗でした。2つ目はイースターです。イースターの前日にたまご型の紙にホストシスター2人と絵を描いて、次の日の朝に庭でエッグハントをしました。エッグハントをした後は、ホストマザーとファザーからたくさんのチョコレートをもらいました。日本にはない素敵な行事に感動しました。

 この2ヶ月間で自分が成長したなと感じるところは、英語を聞き取れるようになったことです。ニュージーランドに来たばかりのときに比べたら、正確に聞き取れるようになったと実感しました。実際に使う日常会話も、現地の英語に触れないと分からないことがたくさんありました。現地の人とコミュニケーションをとっていくことで、自分の英語力が少しずつ身についていくことが嬉しかったです。このニュージーランド留学で、英語をもっと勉強しようと思いました。今回の留学をきっかけにこれからの英語の勉強に活かしていきたいです。

高校2年 M.K

 私は1月末から4月頭までニュージーランド留学に行きました。海外に2ヶ月という長い期間行くのは初めてですごく楽しみで、現地の子たちはどんな話題を話しているんだろう?私も現地のみんなの輪に入れるんだろうか?などと期待と不安でいっぱいでした。そして迎えた学校初日、あれだけ来る前に現地の授業に入ったら何話そうか?とかどうやって話しかけたらいいんだろうか?とか考えてたのにいざ入ってみると緊張してぜんぜん話しかけられなくて、でもこれじゃダメだ!と思い、Hi!とだけ話しかけてみると意外とみんな優しくて、名前を向こうから聞いてくれたり、スポーツの話や、実技の授業ではその授業の話などをふってくれて、そのうちに私も話しかけていけるようになってきてたくさん英語を喋ったし、必然的に辞書を話の中でたくさん引いて、自分がよく使う単語や、現地の子たちがよく使う単語などはすぐに覚えました。そうすると、他の学年の子を通じて他学年の子たちとも仲良くなれて、その子達は授業が一緒じゃないからそのかわりにお昼を一緒に食べてもらいました。その時、私は毎回ここ座っていい?と聞いていたのですが、ある日私がそれを聞くと、もうあなたはみんなの友達だからそんなこと聞かなくていいんだよ!と言われました。その時私は現地の子の輪に入れたんだ!ととても嬉しくて少し泣きそうになりました。それを見た現地の子たちはどーしたの?と心配してくれて、わけを話すと、もしあなたが日本に帰っても私たちはずっと友達だよ!と言ってくれました。その子たちとは、日本に帰ってきてもまだ連絡を取り合っています。

 ニュージーランドに行って私は英語はもちろん、現地の子たちの優しさや、友だち同士の絆も学ぶことができました。

3年 K.Y

 今回の留学を通じて勉強面ではもちろん、それ以外にも様々なことを学び成長できました。食生活や日頃の過ごし方、習慣や伝統など日本と異なることが多くありました。初めの頃は戸惑うこともありなかなか慣れませんでした。自分の思っていることをしっかりと伝えることが出来ず改めて英語で他国の方とコミュニケーションをとる難しさと大切さを感じました。コミュニケーションをとるうえで話すだけでなく紙に書いたりジェスチャーを用いるなど様々な会話の武器を持つことの重要さを実感しました。これらを上達させるにはたくさん話すこと、すなわち経験が大切だと思い積極的に会話することを心がけました。

 学校では様々な行事や活動に積極的に参加し多くの人と触れ合う機会を作りました。その中でもスポーツは友達ができやすく色々な人と触れ合う機会が多いと感じました。実際に私は水泳の大会に参加したことで多くの友達ができ学校内で話しかけらえることが格段とふえました。スポーツが世界共通語のように感じました。日本の学校と比べ学校が始まる時間、時間割、授業形態などが異なり日本の学校と同じところは数えるほどでした。始まる時間は日本よりも遅く終わる時間は早いのでとても楽でした。日本の授業中はとても静かで寝ている人も多々いる印象があるのですがニュージーランドの授業中はみなうるさく寝ている人など誰一人いなかったので少し違和感を覚えました。最も驚いたことが放課後誰も学校に残らないことです。日本では多くの人がクラブ活動や友達との会話、勉強をしています。しかし、ニュージーランドの人たちは学校が終わるとすぐに家に帰っていきます。なぜか聞いてみたところ、遊ぶ場所も限られているからみんな家に帰ってパソコンなどをいじっているといっていました。本当に日本と似ているところがないのだなと改めて思いました。

 二か月間がこんなにも早く過ぎるとは思ってもいませんでした。二か月間とは思えないほどの沢山の思い出やいい経験ができました。英語の上達はもちろん、心身共に成長できまた。しかし、ライティングとリーディングはまだまだほかに比べて課題が多いのでこれから克服していきたいです。この留学を今後の生活や留学に生かしていきたいです。

2年 R.M

 私が二ヶ月間の留学で学んだことは自分たちとの違いだ。海外に行ったのだから当たり前でしょ?と思うかもしれない。だが、文書で知るのと経験して知るのとでは驚きの度合いがちがう。皿に洗剤の泡をつけたままで泡を流さないのは衝撃だった。前もって知ってはいたものの、初日の夕飯は洗剤の味がしたような気がした。

 学校に行くと当然の如く迷子になった。近くを通った先生に助けを求め、教室はどこかたずねると快く連れてってくれた。道々、「その先生はいい先生だからね」と言った。その後4回ほど迷子になり、さらに4人の先生に助けてもらったがどの先生も「その先生はいい先生だよ。」と言う。その言葉はわたしを安心させ、前向きにした。日本のように皆が喋って先生の話が聞こえない。ということはなく、喋っていても絶対に先生の声が聞こえる音量であった。先生をからかうことはあっても馬鹿にすることはなかった。日本との差は何だろうか?以前読んだ本には「日本では大人が子供の前で教師の悪口をいう。そのため子供は教師を軽んじていいと判断する。」とあった。確かにニュージーランドでは「あの先生はダメ。」という話を職員からも生徒からも聞かなかった。クラスは楽しく、質問すれば教えてくれた。しかし、こちらから話しかけなければ会話は始まらない。私の行ったマタマタカレッジは留学生が多く、それが当たり前。口を開かなければ話したくないと見なされ、冷たくされることはないものの無言で授業を終わることもしばしばだった。

 家が牧場のため、夜は早くに寝かされた。9時に。日本では毎日12時過ぎに寝ていた私が更に、時差で4時間早い時間に寝られるとでも?もちろん寝れずに生まれて初めての街灯のない真っ暗な夜を楽しんだ。自分が目を開けてるのか閉じてるのかわからず目をパチパチしていると目が慣れてきて月明かりがカーテンを透かしているのが見えた。ホストファミリーを起こさないようにそっと庭に出ると満天の星空が私を待っていた。日本はなんともったいないことをしてるのだろう。東京の子供は星空が見れないし、月明かりで本が読めるか試したこともないのだ。(ちなみに本は読めなかった。)

 空港に着くと同じ飛行機に乗る日本人で溢れていた。私はそれに恐怖を覚えた。みんな、顔がのっぺりしてる。そう、二か月間ずっと彫りの深い外国人の顔を見続けていた私は見慣れない平たい顔族を得体の知れないものと認識したのだ。自分も平たい顔族なのに。鏡で自分の顔を見るたび「うわっ、のっぺりしてる!」とのけぞって驚いた。現地の人と過ごす間に自分が現地人とそう変わらない顔をしてる気がしていた。日本に帰ったらこんな無個性達の中に混じるのかと少し減滅した。日本人の見分けがつかないという外国人の気持ちがわかった。みんな髪の毛黒いし、鼻まろいのだもの。一緒に見えるわ。

 家に着いた時偶然にも中学時代の友人にあった。そこで気がついたことがある。目を見て話してくれないのだ。ホストマザーのリンは私と話す時目を合わせ、決してそらすことはなかった。だから自分に近しい、友人に目をそらされたとき私は不安になった。私の話が面白くないのか?それとも話をしたくない気分なのか?と思った。しかし、留学の初日を思い出してみると私も見つめてくるホストファミリーの目から逃げるように電子辞書で知らない単語をひたすら引いていた。日本人は話す時一瞬目を合わせ、そらせ、合わせを繰り返す。目を合わせ続けるとこいつちょっと気持ち悪いぞ。という反応をされた、姉に。なぜ日本人は目線をそらすのか、なぜ西洋人は目線を合わせ続けるのか。

 もし、次回があるとしたらもっと彼らと話して、彼らと買い物ができるくらいの仲となりたい。そして聞いてみるのだ。なぜ目線を合わせるの?と。

2年 K.U

 私は今春、ニュージーランドに行ってきました。

 ニュージーランドでは様々な経験を積んできました。

 留学を思う存分に楽しんだものの、正直行きたくありませんでした。留学を決めたのは母親で私は反対していました。今考えると贅沢なことです。中学3年生の頃学校行事のオーストラリアのホームステイが自分の中では嫌な思い出がトラウマでした。

 しかしそれはニュージーランドに行き、留学の印象がガラッと変わりました。

 現地の学校の授業では主にプリントが渡され、もちろん全ての問題が英語で表記されています。日本語表記なら問題をすぐ読んで問題に取り組むことがもちろんのことですが、英語表記の場合問題を読む時間の方が圧倒的に長くなり、数学や理科といった専門単語がでてくる度に辞書を開いては調べるの繰り返しです。為になることですが、大変でした。

 また、体育の授業ではやり投げやラクロス、ラグビーといった日本(都心)ではなかなかできないスポーツを体験することができました。

 学校生活では、外国の方は顔の成長が早く美男美女が多くて、つい目がいってしまいました。

 ニュージーランドの生活は自然が多く、鳥のさえずりぐらいしか聞こえない場所が多くあり、とても優雅に過ごせました。都心ではありえない生活でした。そして、ホームステイ先は家がとても大きく、ファミリーはとても優しく、全てにおいて最高の条件がそろっていました。

 私にとってその留学はとても意義のあるものでした。

 そして留学を勧めてくれた母親に感謝したいです。


2016年4月7日

Students have come back from New Zealand.

Our 11 students went over to Morrinsfield or Matamata college in New Zealand.

4 for yearly program and others are for short term 70days.

They enjoyed friendship and great mother nature in New Zealand.

Please take a look at the pictures they took and a talk from John Inger, Principal of Matamata college.


2015年度の留学生からの便り
2014年度の留学生からの便り